2012年4月11日

20120411 郡山城跡 下


在護城河旁感嘆櫻花後,

意外的走到一個神社。

叫作柳澤神社。

守護神社的石獅子。

往裡走,

不知道會走到哪裡。

話說這個神社好像是紀念某一個人,

"柳澤氏(柳澤吉保・柳澤吉里)について
 ご祭神の柳澤房安(後の吉保)は、万治元年(1658)十二月江戸市ヶ谷に生まれる。"

"七歳のとき館林二十五万石綱吉の勘定頭をしていた父安忠に伴われ、初めて綱吉に謁見、延宝三年(1675)家督を継ぎ、保明と名のる。その時の家録は五百三十石であった。四代将軍家綱に子無く綱吉が将軍となると小納戸役となり、以後栄進して元禄元年(1688)側用人一万二千三十石を与えられ、初めて大名に列した。"

"以後しばしば加増を受け、同七年に七万二千三十石、川越城主となり、初めて城持大名となった。同十一年老中の上座、事実上の大老格となり、九万二千三十石、同十四年松平姓と将軍の名の「吉」の一字を許され、名も吉保と改め松平美濃守吉保と称した。"

"宝永元年(1704)には甲斐、駿河で十五万一千余石(実質二十二万石とも、また二十五万石ともいわれた)を賜ったが、同六年綱吉死去と共に隠退して六義園に住み、正徳四年(1714)十一月二日死去し甲府永慶寺に葬られた。"

簡單說,這個柳澤氏就是一個歷史上小有名氣的人,成名的很早。
 
但可惜我對日本這一段歷史不熟,目前我的日本使只停留在德川家康這一類的吧。有關柳澤神社的資料,請看以下日本神社大全網站,不過是日文的,
http://www.7kamado.net/shrine-l.html

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